(歴史)

版籍奉還と廃藩置県について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説しようと頑張る

版籍奉還と廃藩置県について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説しようと頑張る「廃藩置県って何?版籍奉還と何が違うの?」

このブログ記事は、そんなあなたに向けた記事です。

 

こんにちは。もちお(@softenisuke)です。

 

本記事では、

版籍奉還と廃藩置県

について説明をします。

 

この記事を読むと

版籍奉還と廃藩置県についてわかる。

 

この記事の信頼性

僕(もちお)は、元社会科教員。

  • 日本史についてそれなりにくわしい。

僕(もちお)は、東大入試で日本史を選択。

  • 日本史についてそれなりにくわしい。

 

※わかりやすくするために、ちょっと崩した表現をすることがあります。(すみません)

 

※ざっくり近代史について勉強したい人はこちら。
▶️日本の近代史を元社会科教員がざっくりとわかりやすく簡単に解説する

※版籍奉還と廃藩置県の直前の歴史については、下記の記事で解説しています。
▶️戊辰戦争について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説しようと頑張る

 

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版籍奉還と廃藩置県とは

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

版籍奉還も廃藩置県も、地方がバラバラな地方分権国家ではなく、政府が地方を直接治める中央集権国家をつくるための改革です。

 

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中央集権

土地や人民を治める権利と、そのためのお金が、政府に集中している体制

 

政府

国についていろいろと決めて実行する機関

 

地方分権

土地や人民を治める権利と、そのためのお金を、政府から地方に移している体制

 

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

当時の日本は、「外国に負けない国になる」ことに向けて突き進んでいる最中でした。

 

「外国に負けない国になる」ためにも、地方がバラバラな国ではなく、中央集権国家になることが必要だ!と、明治新政府は考えたのです。

 

版籍奉還とは

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

版籍奉還は、大名が土地・人民を治める権利を天皇に返す政策のこと。

天皇が全国の土地・人民を治める権利をもつことを示した上で、天皇が大名を知藩事に任命して、知藩事にもともとの領地の支配を任せたのです。

 

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

なんでこんな政策を行う必要があったのか?を説明します。

 

戊辰戦争で明治新政府が旧幕府に勝利をした結果、旧幕府が持っていた土地(幕領という)を明治新政府が受け継ぐことになりました。

 

が、それ以外の地域では、江戸時代から続く「藩」があったのです。

藩では、いまだに藩主(大名)が土地と人民を支配している状況。

 

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

つまり、明治新政府の考えがダイレクトに伝わる地域は限られていて、日本はバラバラだったということ。

 

これは中央集権国家とは言えないですよね。

 

 

しかも、1867年に江戸幕府がなくなったことによって、ちょっと問題も生じていました。

 

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

というのも、江戸時代は、藩主(大名)は代替わりごとに土地(領地)の所有を徳川将軍から認めてもらっていたのです。

「ここはあなたの土地ですよ」と。

 

もちお
もちお
これ、結構大事なポイントなので、忘れていた人は復習するべし!(鎌倉時代あたりにも出てくる)

 

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

ってな感じで徳川将軍あってこその土地の所有だったのですが、江戸幕府がなくなったことによって、藩主が土地(領地)を所有する根拠が失われてしまったのです。

 

かといって、「天皇と藩主の関係はこうですよ!」って決める制度も何もありませんでした。

これは問題。

 

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

このように、

  • 藩の支配が残っていて、中央集権国家とはいえない状況
  • 藩主が土地を所有する根拠がない状況

だったので、なんとかする必要がありました。

 

そこで、版籍奉還です。

 

版籍奉還(1869)

大名が土地・人民を治める権利を天皇に返す政策のこと。

天皇が全国の土地・人民を治める権利をもつことを示した。

 

「版」は土地、「籍」は人民のことを表しています。

 

 

じゃあ藩はどうやって支配されることになったのか?というと…

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

天皇が藩主(大名)を知藩事に任命して、知藩事にもともとの領地の支配を任せました

で、知藩事には家禄という給料みたいなものを与えることにしました。

 

ちなみに、地方の支配についてちょっと深堀りすると…(中学生は覚えなくてOK)

 

当時、地方は府・藩・県の3つで治められていました。

  • 府・県:新政府の直轄地(主に旧幕領)

 

ちなみにちなみに。

 

版籍奉還によって、藩内の主従関係は解消されて「日本国民」が誕生したのです。

(人々にその意識はあんまり無かったと思うけども)

 

廃藩置県とは

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

ですが、版籍奉還で完全に問題が解決したわけではありません。

 

そこで、廃藩置県が行われることになりました。

 

廃藩置県

全ての藩を廃止して、代わりに県を設置する政策のこと。

知藩事はナシにして東京に移住させ、各府県には官僚を派遣して、官僚に地方を治めさせた。

  • 県に送られた官僚 = 県令
  • 府(東京・大阪・京都)に送られた官僚 = 府知事

 

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

なんでこんな政策を行う必要があったのか?を説明します。

 

版籍奉還によって、藩が国の制度にしっかりと組み入れられたとはいえ、実態は変わっていなかったのです。

 

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

藩は、地方で税金を集める権利を持っていたし、軍(藩兵)も持っていたからです。

(藩で集められた税金は新政府に納められたわけではない)

 

 

一方、明治新政府はどうだったかと言うと…

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

新政府の財政基盤は旧幕領を主とする府・県だけでした。

そして、新政府オリジナルの軍隊も持っていない。

 

軍あり(藩兵) 税金を集める権利あり
政府 軍なし 税金を集める権利は府・県のみ

 

こんな状況では、政府が地方を直接治める中央集権国家とは言えないですよね。

もし外国と戦争になったとしたら、そのための財源や軍隊はどうするのか?って感じがします。

実際、明治新政府にしたがわない藩もあったようです。

 

 

ということで、藩はつぶさなきゃいけないよね…ということになり、廃藩置県が行われたのです。

廃藩置県(1871)

全ての藩を廃止して、代わりに県を設置する政策のこと。

知藩事はナシにして東京に移住させ、各府県には官僚を派遣して、官僚に地方を治めさせた。

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

これは明治新政府にとって、超大仕事です。

だって、今までの「藩」を否定するわけですから。

元藩主(知藩事)の反発も予想されます。

 

もちお
もちお
このあたりの「すごい大仕事だな…大丈夫だったのかな?」っていう想像力、結構大事です。

 

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

というわけで、明治新政府は軍隊を準備しました。

薩摩・長州・土佐3藩の兵を集めて「親兵」(しんぺい)を作ったのです。

 

明治新政府は、このように軍隊を作った上で、思い切って廃藩置県を行ったのです。

 

藩からの抵抗はほとんどなかったようです。

戊辰戦争で、すでに藩はボロボロだったので。

 

 

版籍奉還と廃藩置県の説明画像

廃藩置県の結果、税金を集める権利は政府に集中し、藩兵は解体されました。

これで、「藩は、地方で税金を集める権利を持っていたし、軍(藩兵)も持っていた」という課題は解消されたのです。

 

中央集権国家の体制が整いました。

 

版籍奉還と廃藩置県のまとめ

以上、

版籍奉還と廃藩置県

について解説をしました。

 

まとめると、

版籍奉還と廃藩置県の説明画像
  • 版籍奉還も廃藩置県も、政府が地方を直接治める中央集権国家をつくるための改革
  • 版籍奉還(1869)は、大名が土地・人民を治める権利を天皇に返す政策
  • 廃藩置県(1871)は、全ての藩を廃止して、代わりに県を設置する政策

となります。

 

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もちお(@softenisuke)でした。

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