(歴史)

地租改正について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

地租改正について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説「明治維新の三大改革のなかの地租改正について知りたい」

このブログ記事は、そんなあなたに向けた記事です。

 

こんにちは。もちお(@softenisuke)です。

 

本記事では、

地租改正

について説明をします。

 

この記事を読むと

  • 明治維新の三大改革のなかの地租改正についてわかる。

 

この記事の信頼性

僕(もちお)は、元社会科教員。

  • 日本史についてそれなりにくわしい。

僕(もちお)は、東大入試で日本史を選択。

  • 日本史についてそれなりにくわしい。

 

※わかりやすくするために、ちょっと崩した表現をすることがあります。(すみません)

 

直前に行われた版籍奉還と廃藩置県については、下記の記事で解説しています。
▶️版籍奉還と廃藩置県について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説しようと頑張る

また、明治維新の三大改革については、下記の記事で解説をしています。
▶️明治維新の三大改革について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

 

地租改正とは

明治維新の三大改革について東大卒の元社会科教員がわかりやすく解説

地租改正とは、明治維新の三大改革のなかの一つ。

①学制 教育改革
②徴兵令 軍事改革
③地租改正 財政改革

 

政府は1873年に、地租改正条例を出しました。

土地制度改革+財政改革です。

 

地租改正

目的 ①税金収入を安定させる
内容

地価の3%の値段(定額)の税を、お金で納めさせる

税金を納めるのは地券所有者(土地所有者)

効果

⤴️税金収入が安定し、政府は計画的な予算を組めるようになった

⤵️地租改正への反対運動

 

 

地租改正が必要だった理由(目的)

地租改正についての説明画像

地租改正の目的

税金収入を安定させる

 

税金収入を安定させるために、地租改正が必要でした。

 

くわしく説明します。

 

「外国に負けない国」になるためには、いろいろな改革をする必要があって、いろいろな改革をするためには、お金が必要ですよね。

 

 

地租改正についての説明画像

が、当時の税金収入はとっても不安定だったのです。

 

なぜかというと、江戸時代から続く税金の制度は、「税収が米の収穫高に応じて毎年変わる」という制度だったから。

石高(こくだか)にもとづいて、お米を納めていたんですよね。

 

地租改正についての説明画像

ですが、これだと毎年どれくらいの税収があるのかわからないので、政府としては計画的に予算を組めません

 

ん?どういうこと?って思った時はお小遣いをイメージしてみるとわかりやすいです。

 

お小遣いを毎月500円もらえる場合、そのなかでいろいろやりくりしますよね。

●円はマンガを買うために使って、▲円貯金して…みたいに。

 

これが、「前の月は600円だった」「今月は200円だった」「来月はいくらかわからない」って感じだとしたら、計画的にお金を使うことはできません。

こんな感じで、毎年どれくらいの税収があるのかわからないと、政府としてはとても困るのです。

 

そこで、税金収入を安定させるために、地租改正が必要になりました。

 

 

地租改正の内容

地租改正についての説明画像

地租改正の内容

地価の3%の値段(定額)の税を、お金で納めさせる

税金を納めるのは地券所有者(土地所有者)

 

  1. 金納
  2. 定額
  3. 地価の3%

これを呪文のように唱えて覚えましょう。

 

 

地租改正までの流れ

いちおう流れを説明しておきます。

 

1872年 田畑永代売買の禁令を解く

江戸時代は土地を売ったり買ったりしてはいけないことになっていたのですが、それを許可しました。

で、地券というものを発行して、土地の所有権を認めたのです。

「この土地は、あなたのものですよ」と。

 

1873年 地租改正条例

で、地租改正がスタート。

 

地租改正によって、地価の3%の値段(定額)の税を、お金で納めさせる仕組みになりました。

 

 

地租改正についての説明画像

変わったところ

  地租改正後
税を何で納める? 収穫物
税は一定? 収穫高によって変わる 定額
税はいくら? 収穫高によって変わる 地価の3%

 

 

地租改正の効果

地租改正についての説明画像

地租改正の効果

⤴️税金収入が安定し、政府は計画的な予算を組めるようになった

⤵️地租改正への反対運動

 

地租改正の結果、税金収入がその年の収穫高に左右されず、安定することになりました。

 

ですが、地租改正は反発も生みました。

というのも、農民の負担は変わらなかったから。

むしろ、地租改正は農民にリスクを負わせる仕組みでした。

 

くわしく説明します。

 

地租改正についての説明画像

江戸時代は収穫高によって納める税の量も変わったので、凶作の時は農民だけでなく幕府もシンドかったのです。

凶作の年は、税金の収入が少なくなりますからね。

 

 

地租改正についての説明画像

ですが、地租改正によって、納める税の量は一定になりました。

豊作であろうと、凶作であろうと、定額。

ってことは、凶作の時は、農民にとってシンドいんですよ。

じゃあ政府もシンドいのかというと…一定の税が入ってくるので、シンドくありません。

こんな感じで、地租改正は、凶作のリスクを農民(税負担者)に負わせる仕組みだったのです。

 

 

こういう仕組みだったので、農民の負担を軽くすればまだ良かったのかもしれません。

が、政府の方針としては、負担を軽くしないことに。

 

というわけで、農民は反対運動を起こします。

地租改正反対一揆です。

この結果、1877年には地租の税率が3%から2.5%に引き下げられることになりました。

 

地租改正のまとめ

以上、

地租改正

について解説をしました。

 

まとめると、

地租改正についての説明画像
目的 ①税金収入を安定させる
内容

地価の3%の値段(定額)の税を、お金で納めさせる

税金を納めるのは地券所有者(土地所有者)

効果

⤴️税金収入が安定し、政府は計画的な予算を組めるようになった

⤵️地租改正への反対運動

 

となります。

 

もちお(@softenisuke)でした。

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