どうやったら勉強のやる気が出る?【動機づけメモ#1】
今回は、やる気・動機づけ・モチベーションについて、本を読んで学んだことを共有します。
今週の時点でわかったことをまとめます。
残念な結論
やる気に関しては、これまでたくさんの研究が積み重ねられてきました。研究の量が多すぎて、まとめるのがなかなか大変なテーマ。
先に結論を言うと、「こうすればやる気が出るっ!」という方法は存在しない、というのが率直な感想です。万人に効く薬はない、という感じです。
やる気という現象は人間の脳の複雑な働きであり、概念としても広すぎます。だから、僕たちが欲しい「こうすればやる気が出る」という単一の答えは出ていないし、おそらく今後も出ないんじゃないかと思います。
「どういう人に」「どういう状況で」効果があるのか、という個別の知見を積み重ねていくしかないっぽいです。たぶん。
とはいえ、大事な人間の性質が2つあるように思う
ここからは、研究そのものというより、いくつかの研究を踏まえて僕自身が「こうじゃないか」と推察したことです。
研究に直接書かれていたことではないので、その前提で読んでください。
人間は「自分には能力がある」と思いたい生き物
逆に言うと、人間は「自分には能力がない」とは思いたくない生き物です。
- 課題が適度に難しいとき、それを乗り越えられると「自分には能力がある」と思えるので、やる気が出やすい
- 逆に、難しすぎる課題では「できない=能力がない」と感じてしまい、やる気が出にくい
※「簡単な問題集ばかりやる」という現象もこれだと思う。
あと、「テスト前なのに全然勉強してないんだよね」とわざと自分を下げるようなことを言う人がいますが、これはセルフハンディキャッピングと呼ばれる現象です。
全力を出して失敗すると「自分には能力がない」という事実に直面してしまう。それを防ぐために、あらかじめ言い訳を用意しておく、という心理だと考えられます。
人間は「自分がハンドルを握っている」と思いたい生き物
誰かに操作されている、やらされていると感じるのを、人間はひどく嫌うようです。
- 自分の努力と成績(結果)のつながりを感じられるとき、やる気が出やすい。いくら頑張っても結果につながらないと感じると、「やる意味がない」となってやる気を失う
- 「これを買ってあげるから勉強しなさい」のように、報酬によって操作されている・釣られていると感じるときも、「自分でハンドルを握っている」という感覚が失われ、やる気が下がる
示唆されること
相対評価的な状況は、なるべく避けたほうがいい
定期テストの順位や塾のクラス分けのような相対評価は、自分の努力だけでは結果をコントロールできません。自分がどれだけ頑張っても、周りも同じように(あるいはそれ以上に)頑張っていれば、順位は上がらない。
相対評価は、上位にいる人にとってはやる気を後押しするシステムですが、上位に行けない人にとっては「頑張っても意味がない」「自分には能力がない」と感じさせ、やる気を失わせるきっかけになりやすいでしょう。
※実際、中1の最初の定期テスト前にやる気に満ち溢れていた男子達のほとんどが、テスト返却で自分の実力を目の当たりにし、2回目以降は目の奥が黒ずんでいく・・・という現象を何度も目にしたことがあります。
振り返り(メタ認知)の機会は、強制的につくったほうがいい
人間は放っておくと、自分の勉強について振り返りをしません。振り返って結果を直視すると、「自分には能力がない」という事実に向き合うことになるからです。無意識に、それを避けているんだと思います。
※問題を解くだけ解いて、丸つけをしない子供が多いのも、これで説明できると思う。
でも振り返り自体はとても大事。何が良くて何が課題だったのかを整理することは学習の定着に不可欠です。
子供に任せておくと自分の実力を直視することになる振り返りは避けられてしまうので、大人や他者が面談や話し合いの機会を意図的に設ける必要があると思います。
「やる気」ではなく「習慣化」に目を向ける
「あの子はやる気がある」「うちの子はやる気がない」というようなことをよく聞きますが、そもそもこの違いは本当にやる気の違いなのでしょうか。
もしかすると、それは単に習慣化されているかどうかの違いかもしれません。やる気があるから勉強しているのではなく、すでに勉強することが習慣になっていて、とりあえずやっているだけ、というケースもあり得ます。
だとすれば、「やる気を出させる」ことより、場や環境を用意して「良い学習習慣を身につける」ことに意識を向けたほうがいいのではないかと思いました。
「やる気を出す」ではなく「行動を学習する」と捉え直す
「うちの子は勉強のやる気がない」と誰かが言うとき、本当に望んでいるのは「勉強するという行動を起こしてほしい」ということですよね。目的はやる気そのものではなく、行動です。
だとすれば、「勉強するという行動」をどう学習させるか、という捉え方をした方が近道なのでは?と思いました。
(胡散臭く思われそうですが)脳科学的な話をすると、脳内で情報の伝達を行うドーパミンという神経伝達物質は、行動の学習と深く関係しているようです。
- 行動した直後にドーパミンの放出量が増えると、その動きに関わる神経同士のつながりが強くなる
- この「うまくいった行動に関わる神経同士のつながりを強め、失敗した行動に関わる神経同士のつながりを弱める」という反復により、スポーツや楽器演奏のような複雑な一連の動作・行動が身についていく
- ドーパミンの放出量は「予想以上にうまくいったとき」(=報酬と予測のズレが大きいとき)に増える
これを踏まえると、「やる気を出す」ではなく、
- 「勉強してみたら思ったより良かった」
- 「実際にやってみたら思ったより面白かった」
というポジティブな成功体験を小さく積み積み重ねることで、勉強するという行動そのものを学習していくと捉えたほうが良さそうです。
補足:研究の歴史
やる気に関する研究の歴史をざっと見ると、20世紀半ばまでは外発的動機づけ(ご褒美や罰など、外からやる気を引き出す)が支配的な考え方だったようです。
20世紀半ば頃から、外発的動機づけだけでは説明できない現象が指摘されるようになり、「これ自体が面白いからやる」という内発的動機づけという考え方が登場します。(・・・モチベーションって、かなり最近まで全然理解が進んでいなかった領域だという事実にビックリ)
そこから、期待とその価値の掛け算でやる気を説明する期待×価値理論や、人間の欲求からやる気を説明する欲求理論など、さまざまな理論が生まれ、さらに細かい理論がたくさん積み重ねられていきました。
結局、一言で「人間のやる気とはこういうものだ」とは言い切れない、複雑な研究領域になっているようです。
続きます
以上が、今週やる気について勉強したことです。
また理解が深まったら、続きを共有します。
今回の参考文献
鹿毛雅治(2022). 『モチべーションの心理学 「やる気」と「意欲」のメカニズム』. 中公新書.
市川伸一(2013). 『勉強法の科学 心理学から学習を探る』. 岩波書店.

